FREEplus(フリープラス)です。
石川県金沢市の小さな不動産屋です。

ネットニュースを見ていると「見方が違うとそう感じるのか」と思うことがあります。
先日、読んだ記事がそうでした。

あるタレントさんがカフェでくつろいでいると、隣に座っていた女性2人の会話が聞こえてきたそうです。
その50代くらいの女性たちは”推し活”をしているようで、それぞれの推しについて話し合っていました。
そのうち1人の女性が「実は最近、もう一人推しができたの!」と言い出し、それを聞いていた女性が「2人も好きな人がいるなんて素敵ね!」と返していました。

この会話を聞いたそのタレントさんが
「10代の子ならともかく、自分なら50代になってこんな薄い会話はしたくない」
「語彙力もない上にいちいち全肯定していて、本音で話しているようには思えない」
とトーク番組で語った、という内容でした。

今はいくつであっても”推し活”する人は珍しくないので、ここでの批判は”推し活”の是非ではないのでしょう。
とすると、コミュニケーションのあり方が問題のようです。

このタレントさんにとっての最良の友人は「本音を包み隠さず言い合える人」なのでしょう。
対立をも辞さず、自分の意見をそのまま言える間柄こそ最高!みたいな。
そんな友人をお持ちなら、たしかに件の会話は物足りなく感じるでしょう。

でも「本音で話していない」と断ずるのは尚早です。
なぜなら私にも古くからの友人がいますが、似たような感じだからです。

ただそんな「ぬるい会話だけを延々とできる友人」を得るために、相応の対価を支払ってきました。
しきりとマウントを取ってくる人、あちこちで言うことが変わる人、恥の概念が違う人。
そういう人たちと距離を取るために戦った過去があるから、ぬるい会話を楽しめる今があるのだと思っています。
日常の平和はただ安穏としているだけでは手に入らないことを、今の私は知っています。

カフェで話していた女性たちも、そんな戦いを経てきての今かもしれないのに、
「あんな薄っぺらい会話をする大人にはなりたくない」
なんて一方的に論じられるのは、かなり切ない。

ケンカすることなくお互いの”推し”の話をできる関係、素敵だと思うんですけどね。
でもこんなことを言うと「なんでも全肯定しちゃって(笑)」と笑われそうです。
本音を包み隠さず言うことも出来ないなんて、世知辛い。